正岡明さん(正岡子規の妹の孫で造園業・正岡子規研究所主宰)が「正岡子規の死生観」をテーマに講演された。 子規は結核のために34才で亡くなる前はほとんど床に伏しながら、俳句ほかの文学作品の創作に専念し、どんな状況でもユーモアとプラス思考で生きた人生であった。 野球が好きで幼名が「升(のぼる)」から「の(野)ぼーる(球)」で[野球」が雅号の一つだったとか。... 「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」を詠んだ奈良訪問時に親友の夏目漱石から10円借りた。子規が返していなかったとみられることから、正岡さんが漱石の孫でエッセイストの半藤末利子さんに10円を返したところ、とても喜ばれてそのことをエッセイに書かれたエピソードを披露された。 俳句が趣味のグループホームの叔母にいい話のネタになる。